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概要

宇宙線は1912年に発見されて以来、新しい素粒子の研究になくてはならないものでした。後にミューオンの発見へとつながる仁科芳雄博士による先駆的な研究に始まり、様々な新粒子の発見やニュートリノ振動のような予想外の現象の発見が宇宙線の研究を通じてなされました。5×1019 eVを超えるエネルギーを持つ未知の粒子である超高エネルギー宇宙線(UHECR)は地上のLHC加速器で得られるエネルギーの1000万倍のエネルギーを持ち、どこでどのように作られているのか、またその性質もほとんど分かっていないために現代物理学のなかで大きな謎の一つとなっています。 超高エネルギー宇宙線を研究することで素粒子物理学(クォーク物質、ダークマター探索など)、天体物理学(ブラックホール、粒子加速など)、宇宙論(超高エネルギー宇宙線のトップダウン生成モデル、位相欠陥など)の分野においてブレークスルーを起こす可能性を秘めています。

地球大気を検出器の一部として利用し地上実験よりも数桁大きい体積を一度に見ることのできる宇宙実験を実現することでこれらの謎を解ける可能性があります。地球を見下ろす観測手法をとるため、地球科学、大気科学、生命科学と様々な分野にわたる成果が得られると期待できます。この研究を通して開発された技術を用いて、福島原子力発電所での事故調査のための検出器開発などを実用化することができます。

理化学研究所(理研)には荷電粒子、ガンマ線、エックス線を含む宇宙線分野で最前線の研究を行ってきた歴史があります。このような背景の元、2010年に16カ国300人以上の研究者からなるEUSO国際研究グループを発足させ、国際共同研究を率いてきました。世界で初めての衛星軌道上超高エネルギー宇宙線観測装置を実現するために、理研の独自技術を活かした望遠鏡用レンズの製作、検出器の開発を行っています。

EUSOグループの発足以来、EUSO宇宙望遠鏡の実現に先駆けたプロジェクトをいくつも実施してきました。それらは地上望遠鏡(EUSO-TA)による観測、2回の成層圏気球による観測(EUSO-BalloonとEUSO-SPB1)です。2019年現在、EUSOプログラムで初めての宇宙望遠鏡Mini-EUSOの国際宇宙ステーションへの打ち上げがひかえています。今後、スーパープレッシャー気球2号機(EUSO-SPB2)の飛翔を2022年に、K-EUSO宇宙ミッションを2023年ごろに予定しています。

JEM-EUSOからK-EUSOへ

JEM-EUSOはフレネルレンズを用いた2トンの屈折式望遠鏡で、宇宙線空気シャワーからの紫外線を30万チャンネルの焦点面に集光し、2.5マイクロ秒のサンプリングレートで撮像します。 [文献1, 文献2]. 超高エネルギー宇宙線(UHECR)の研究を行うことで素粒子物理学や天体物理学の基本的な問題に対して答えを出せるように設計されています。ESA(ヨーロッパ宇宙機関)でフェーズA概念設計を終え、スペースシャトルコロンビア号の事故の後保留になったEUSO望遠鏡をもとに最新の技術もとりいれて改良を重ねてきました。国際宇宙ステーションの日本実験棟きぼうの暴露部にとりつけて観測を行うことを提案しており地上実験の10倍の有効検出面積を実現しようとしています。JEM-EUSOミッションは2009年に募集された第1回きぼう実験棟利用公募のミッションの一つとして採択され、JAXAと理研で実現のための研究を行ってきました。当時、JEM-EUSOはきぼう実験棟暴露部第3期利用の有力候補ミッションとして挙げられていました。

2010年10月、JEM-EUSOを推進するために理研にEUSOチームが作られました。国際的には理研は参加国、研究機関をさらに増やすためのハブとしての役割を果たしてきました。国内では共同研究グループを拡大し、甲南大学、埼玉大学、カブリ数物連携宇宙研究機構(IPMU)、東京大学宇宙線研究所が加わりました。

さらに理研では装置を作成するために必要不可欠な技術の開発を行ってきました。その中で主なものは次の3つになります。a) 超軽量、大口径プラスチックフレネルレンズ(直径2.5m以上)(大森素形材工学研究室との共同研究)、b) 高効率マルチアノード型光電子増倍管(浜松ホトニクス社との連携) c) 宇宙線が通過した場所の大気状態を調べるための宇宙仕様レーザー

一方では、複数の国内機関、国際機関によって期待される科学成果の価値、ミッションの実現可能性について精査されました。例えばアメリカ航空宇宙局(NASA)では宇宙で実施する天体物理ミッションのロードマップにJEM-EUSOを載せ、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)では欧州科学財団(ESF)、天文分野ワーキンググループ(AWG)、物理科学ワーキングループ(PSWG)がJEM-EUSOを肯定的に評価しました。さらには日本学術会議が学術の大型研究計画に関するマスタープランにJEM-EUSOを含めました。

しかし、残念ながら、2013年末に装置の大きさや予算規模を理由にJAXAはJEM-EUSOミッションを推進する主要宇宙機関の役割は担えないことを表明しました。EUSO国際共同研究グループはロシアが提案していたKLYPVE実験に参画し、望遠鏡にフレネルレンズとマルチアノード型光電子増倍管を使用して観測能力を10倍に高めることを決めました。ピエール・オージェ観測所の4倍の年間露出を持つ装置、それがK-EUSOです。

それと並行して、2013年のEUSO-TA実験、2014年のEUSO-Balloon実験、2017年のEUSO-SPB1実験、2019年のMini-EUSOミッションといった前駆実験を行い、それぞれの実験単独の成果を出すと共にフィードバックを行ってK-EUSOの観測能力を高める改良を進めています。

研究対象

Roadmap for the EUSO program
宇宙から超広エネルギー宇宙線の観測を行うEUSOプログラムのロードマップ

基本研究

超高エネルギー宇宙線

5.7×1019 eVを超えるエネルギーを持つ超高エネルギー宇宙線(UHECR)の起源は現代物理学でも大きな謎の一つです。 超高エネルギー宇宙線は銀河系外(距離100Mpc)から飛来してくると考えられています。これくらい高いエネルギーになると天の川銀河内の磁場や銀河系外空間の磁場ではほとんど曲がることはないので既知の天体の方向と宇宙線の到来方向の相関を調べることで起源天体を同定し「荷電粒子天文学」への道が開かれることが期待できます。

超高エネルギー宇宙線を使って宇宙で起こる超高エネルギー現象を詳しく調べることができます。また、宇宙論や素粒子物理で未解明の問題を解決できる可能性もあります。超高エネルギー宇宙線源は重いダークマターの候補にもなっており、宇宙の物質/反物質非対称性問題、ローレンツ不変性の検証、トップダウン生成モデルによりビッグバン宇宙にできた位相欠陥の存否についての答えが得られる可能性もある。天体物理学的観点からは活動銀河核での宇宙線加速や伝搬についての情報が得られます。地上の北半球のテレスコープアレイ実験と南半球のピエール・オージェ観測所はその観測データから ~ 5.7×1019 eVより高いエネルギーで宇宙線が宇宙背景放射と相互作用して引き起こすGZKカットオフの存在を確認しました。 その結果地球上で観測されている超高エネルギー宇宙線の発生源までの距離は100Mpc以内に制限されることになります。テレスコープアレイ実験グループは5.7×1019eV 以上の宇宙線の到来方向分布に中間スケールの非等方性があることを発表しました。またピエール・オージェ観測所グループは宇宙線到来方向に非等方性があり5.7×1019eV 以上の宇宙線の到来方向と近くにある銀河の分布の間には相関があるかもしれないと発表しましたが、最近の解析結果ではその相関は次第に弱まってきています。宇宙線の飛来頻度が5.7×1019 eV 以上で1km2あたり1世紀に1個と非常に少ないので起源天体を同定することは非常に難しくなっています。従来の地上望遠鏡に加えて新たに衛星軌道から観測する次世代宇宙望遠鏡を開発することでこの問題を解決しようとしています。宇宙望遠鏡では天球を一様な露出で観測することができ、また地上望遠鏡より1桁以上観測露出を大きくできる可能性があります。 [文献3].

探求的試験研究

ストレンジクォーク物質の探索

ストレンジクォーク物質(SQM)は多数のアップクォーク、ダウンクォーク、ストレンジクォークからなるクォークの安定な束縛状態であると考えられています [文献4]。 それらは「Nuclearites」 や「ストレンジレット」と 呼ばれることもありダークマターの候補になっています。ストレンジクォーク物質は地球大気に再突入した時に発光するため検出することができ、流星に比べて面積あたりの質量が大きく長い時間光り、流星が太陽系から飛来するのに比べストレンジクォーク物質は太陽系外から飛来するために秒速約100kmというより速い速度で移動することから区別できます。EUSO-SPBやMini-EUSOを含むEUSO検出器では超高エネルギー宇宙線に比べて遅く明るい軌跡としてとらえることができます。

ストレンジクォーク物質を検出することができれば物質に新しい基底状態が存在することが証明でき、核物質に関する理論、中性子星や仮説上の存在であるクォーク星に関する理論を変える可能性があります。検出できなければ1年間の観測データで現在よりも1000倍よい上限値をつけることができます。

紫外線夜光の全球マッピング

Mini-EUSOやK-EUSOの観測により波長300-400nmの紫外線による夜の地球の全休マッピングを得ることができます。このマップは宇宙線研究だけではなく生命科学や環境科学の分野にも役立てることができます。紫外線での高分解能の観測は高効率、高感度な検出器が必要なためこれまで行われてきませんでした。ロシアのTatiana衛星、TUS衛星 [文献5]で得られた現在のデータは空間分解能が100km程度です。Mini-EUSOの場合は約5kmの分解能でサンプリング速度は2.5マイクロ秒になります。山、砂漠、雪、湖、都市といった様々な地表状態からの夜間紫外線量を得ることができ、波長300-400nmの光が人間活動によるものか、生物発光によるものかなどさらに正確に定量的なデータが得られます。

生物発光の探索

得られる紫外線発光の全球分布を用いて藻類やプランクトンが発する生物蛍光の分布とその変化や海洋汚染を引き起こす有機物の分布に関する研究を行うことができます。可視光領域では「乳白色の海」のような現象が観測されており紫外線でも同様の現象が観測される可能性があります。同様にして陸地の植生を紫外線で研究することができます。

参考文献
  1. Adams, J. H., et al. The JEM-EUSO instrument. Experimental Astronomy, 40:19-44, November 2015. doi: 10.1007/s10686-014-9418-x.
  2. Adams, J. H., et al. The JEM-EUSO mission: An introduction. Experimental Astronomy, 40:3-17, November 2015. doi: 10.1007/s10686-015-9482-x.
  3. Adriani, O., et al. Pamela’s Measurements of Magnetospheric Eects On High Energy Solar Particles. ApJ, 801:L3, March 2015. doi: 10.1088/2041-8205/801/1/L3.
  4. Adriani, O., et al. New Upper Limit on Strange Quark Matter Abundance in Cosmic Rays with the PAMELA Space Experiment. Physical Review Letters, 115(11):111101, September 2015. doi: 10.1103/PhysRevLett.115.111101.
  5. Adams, J. H., et al. Space experiment TUS on board the Lomonosov satellite as pathnder of JEM-EUSO. Experimental Astronomy, 40:315{326, November 2015. doi:10.1007/s10686-015-9465-y.